
Column
コラム
唯一無二の老舗タンナー「山口産業株式会社」を見学してきました ―――株式会社ミズタニ レザーウォッシュ担当 水谷将人
はじめに
東京都墨田区・荒川土手沿いにたたずむ山口産業株式会社(ブランド名RUSSETY)は、「人と自然と環境にやさしい革づくり」を掲げる老舗タンナーです。その現場を実際に歩き、五感で味わった学びをレポートします。読了後、写真とともに“やさしい革”の世界を旅していただければ幸いです。
小さな巨人──山口産業の全貌
1938年創業、現在社員4名。それでも国内外の革業界で一目置かれる理由は、“環境負荷を徹底的に削る”という哲学にあります。敷地内に鞣(なめ)し・染色・仕上げ設備を集約し、少量多品種に機敏に応える姿勢は工房と工場のハイブリッド。荒川の桜並木を望む立地も印象的でした。


ラセッテーなめし製法──無クロム×植物タンニン
100%植物タンニン
ミモザやアカシアから抽出したタンニンを主体に、染料・加脂剤にも天然油を選定。重金属クロムを一切使わないため、排水からは有害物質が検出されません。赤ちゃんが素手で触れても安全——そう断言できる革づくりは大きな衝撃でした。
生分解という循環
完成した「ラセッテー・レザー」は、廃棄後に微生物が分解し土に還ることが検証されています。革は長く使ってこそ価値が宿りますが、「役目を終えたのちにも環境負荷を残さない」という出口設計に感銘を受けました。
MATAGIプロジェクト──獣皮を地域資源へ
全国で年間100万頭以上駆除されるシカ・イノシシ・キョン等の獣皮を引き取り、革素材として甦らせて産地に還元する取り組みが「MATAGIプロジェクト」です。
- ⚫︎被害軽減:自治体の鳥獣害対策費の削減
- ⚫︎副収入:地元企業・ブランドが革を製品化し収益化
- ⚫︎啓発効果:命を無駄にしない“使い切る文化”を発信
現物を手にすると野生ならではの荒々しい質感があり、都市型タンナーが“森林課題”に踏み込む姿勢に胸が熱くなりました。
モンゴルと紡ぐ“やさしい革”
- 山口産業はJICA事業の一環としてモンゴルのタンナーへラセッテー製法を技術移転。内陸国にとって貴重な水資源を守りつつ、現地皮革産業の付加価値向上に寄与しています。排水中の重金属濃度が劇的に改善したという報告を聞き、「小さな町工場の技術が国境を越えて地球環境を守る」——その事実に背筋が伸びました。
RUSSETY FACTORY & MUSEUM──学びと体験の拠点
敷地内に併設されたミュージアムでは、革の歴史や鞣しの原理をインタラクティブ展示で学び、端切れを活用したワークショップも体験可能。平日・土曜限定、完全予約制で観覧無料という敷居の低さも秀逸です。見学が教育プログラムとして機能し、SDGsを「体感」できる場になっていました。
見学を終えて──“やさしさ”を次の一歩へ
工場の隅々まで行き届いた“環境へのまなざし”は、ものづくりの理想形そのものでした。わずか数名の職人が、素材の選定から排水処理まで丁寧に向き合う姿勢を目の当たりにし、私たちが扱うレザーケア製品も、この哲学を胸に磨き続けたいと強く感じます。レザーウォッシュが提案してきた「革を洗う」文化と、山口産業さんが体現する「革をつくる」文化が出会えば、より豊かでサステナブルな革の世界が広がるはずです。まずは今回の学びを社内で共有し、未来の可能性をともに探っていけたら——そう願いながら、荒川土手を後にしました。
